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ep34 状況変化

Aвтор: 根上真気
last update Последнее обновление: 2025-05-03 08:41:33

【9】

王子ふたりが来訪してからしばらくの間に、リザレリスを取り巻く状況は変化していた。

まず、ドリーブの策略によって危ぶまれたディリアスの地位は、以前にも増して安泰した。これはリザレリスにとっても好ましい状況変化といえる。

「この度は、誠にありがとうございました......」

ディリアスに深々とお辞儀をするドリーブのタヌキ面は、悔しさに満ちたものだった。結果として、ディリアスがドリーブの失策を挽回した形となったからだ。ディリアスがフェリックス王子と王女留学の話をまとめたことにより、ドリーブも救われた格好となったのである。

もちろんドリーブ自身リスクは重々承知していた。失敗に終わったこと自体は素直に受け入れている。要するに、政治生命を救われたとはいえ、ディリアスに借りを作ってしまったことが不本意でならないのだ。

「し、失礼いたしました......」

奥歯を噛み締めてドリーブが部屋から辞去していくと、ディリアスは吐息をついた。

「ドリーブ卿は、一番の政敵である私に借りを作ってしまって悔しいだろうな」

「これで大人しくなってくれればいいですね」

何の他意もなく部下が言うと

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